はじめに ごあいさつ


すべてのひとにこのことばをおくります。
コロナで仕事を失った人、店を閉めた人、就職ができないでいる君たちへ、勉強と部活で忙しい中高生へ、外出できないで家に閉じこもっているひとへ、おうちで育児をしている主婦たちへ、

私たちには「時間」という資源があるではないですか。

あなたには目があるでしょう。
口があるでしょう。
歩ける足があるでしょう。
りっぱな財産をもっているではありませんか。
コロナのこの危機にあるときこそ、時間を味方につけましょう。

 

わたしはこれまでのどんな災害よりもコロナに脅威を抱くのは、コロナは差別することなく、地上のすべての人間や物から時間を奪い去っていくということ・・・巨大な時間管理法が崩れたのですよ。世界中を支配していた絶対王者の時計は、空気を抜かれた風船のように、氷山が溶けるように崩れていったのですよ。


見方を変えると、世の中から時間の標識がなくなったのです。

たとえば、大きな災害で街が被害にあうと道路が崩れて道路標識もなくなりますね。

今回のコロナもそんなようなもので、世界は時間の被害にあって、みんな時間の行方不明者になってしまったように見えます。


コロナの前まで、わたしたちは時間の奴隷になりすぎていましたね。


時間がない、時間がない、世のなかのスピードについていけないと悲鳴をあげながら、時間に従って乗り物も仕事も学校も動いていましたね。


身体につける物も増えました。
首に扇風機をつけ、足にローラ、耳にイヤフォン、手にスマホ・・目にコンタクト、マスクで口をふさぎ・・・。バス乗り場で高校生たちに聞きましたら、重いカバンと部活道具を背負って、長い時間通学するので腰を痛めて悲鳴を上げているのです。

ATMもエスカーターもなにもかも早くなりました。
老若男女もすべての人間を同じ時計の速度で動かします。まるで機械で動いているように、信号を渡ろうとして走り、電車の発車のベルにせかされ、人ごみをかき分け電車に飛び乗り・・・・。

ギューギュー詰めの電車のなか

家の中では、家電はお知らせタイマー付が、お風呂が沸いたよ~、ごはんが炊けたよ~、メールがきたよ~、と音がピーピーと知らせます。せかされて、身体がついていけません。家の中でもコンセントにつまずいて転びそうになることもあります。

仕事のスピードもあがりました。
職場ではまわりについていけません。

そして、私たちはぶつぶつ文句を言っています。

メガネはどこどこ、マスク、息苦しい、ああ電池が切れた、白髪が目立って染めをしなくちゃ、マニュキアがはげてきた、ああ、目がかすむ、目薬だ、今年の花粉はひどいな のど飴、パソコンの調子が悪い、クツが痛い。

時間がない、ああ、忙しい、時間がない・・・


時計の針が早く進んでいるわけではないのです。

外部のモノ・情報の移動速度が速く変化していることに注目をしてください。

時間のスピードは人間の限界を超えていたのです。


時計がなかったころをふり返ってみましょう。

むかしの人たちは太陽の動きをみて生活をしていました。

これはだれでも知っていますね。
物々交換をしたりするのに、時刻が必要になったの、そして荷物が増えると乗り物が必要になります。馬車やトロッコ、鉄道・・・。

それで、鉄道が敷かれると、あちこちに都市がつくられ、地方から、多くの人たちがやってきて、共同社会ができます。幼稚園、学校、会社、施設・・・。


時計は集団をまとめるための便利な道具だった
時計は「はじまり―!」「 終わり―!」
社会の時間には締め切りがあります。

でもね、みなさんも考えてみてください。
時間を共同でつかっている・・・。
どういうことかというと、一か所に人が集まって同時に時間をつかうということ。効率的ですよね。ということは一日24時間を、まるまる自分がひとりで使っているわけではないのです。


「5時間を10人で時間を使うとどういうことになると思いますか?」
「時間を畳の部屋に例えると、学校や職場で50人で一時間を過ごすのよ。酸欠、時間欠になるのは当たり前じゃない?」。

高層ビルで時間を共有して働くビジネスマンたちは、強制収容所で時間という鎖で縛られた状態?そんなかんじですよね。


時計は人々の時間と空間を圧縮したの。
電車のラッシュはギューギュー詰めだものね。
定員オーバーだと、飛行機だって落っこちるし、船だって沈むね。

つまり、私たちは誰かと「時間と空間」を共有しているんですね。


時間の共有を発見した時間簿

わたしは育児をしているとき、自分の時間がないのは時間の使い方が下手だから?、なぜ、時間がたりないのか不思議でした。そして、発見したのが、誰かと時間を共有しているから、1日24時間は自分がぜんぶ使っていないとわかったのです。それを目で見えるようにしたのが時間簿です。

時間を共有する何か起こるか?

ここからが問題です。

「他者」との比較と競争が起ります。

集団だと価値ある存在と認められたい、誰かに受け入れられたいと欲求が働くようになります。

いい大学にいけばいい会社に就職できる、それを目標に子どもは一生けん命勉強して、親は一生懸命に働いて・・・。何かあったときのために、これがあれば便利です、これは安心です、これがあれば幸せになれます、とうたって、秋になると春の花が売りに出され、夏のくだものは冬に、新年の手帳は9月ごろに店頭に並びました。


時間は物質文明を発展させて、世の中のスピードをどんどん加速させていきました。みんなで速いモノ勝ちの社会をつくってしまったのね。


点数や成績で優劣を決める集団では、自分は社会に必要とされていない、あいつが悪い、自分はダメな人間だ、とひとを責め、自分を責め、苦しみ悩むわね。ほんとうの自分では生きられなかったのね。


あれから60年、70年・・・。
人びとは新時代のしあわせな生活と健康で長生きに憧れました。時計は人々を死の恐怖から遠ざけていきました。

 高度経済成長期に郊外にニュータウンが誕生し、理想の住みか、ユートピアとよばれ人々は憧れました。今では廃墟化して空き室が目立ち、ひとり取り残された高齢者難民と孤独死する方も。ごみ置き場は粗大ゴミであふれています。 


 だいぶ前にテレビで、ニュータウンの高齢の女性がインタビューにこのように答えていました。 「だれも年を取るなんて思ってもみなかった」 ストレス社会の三大疾患(がん・心疾患・脳卒中)に侵され、病院通い、寝たきり・・・ 平成20年には医療費が34兆円に達したとされています。

 

時間の共有は人間に残酷でした。
残酷なまでに人間を無視した時間の共有をコロナが戒めしめました。

人間たちよ離れなさい、距離をおきなさい。

三密ですね。

 これまで、密集しすぎた時間を、コロナによって解除されたのです。 さんざん集団の社会をつくっておいて、こんどは集団は感染するから人の集まるところにいってはいけないと・・・。コロナが出現したころ、さわがしかった世の中が嵐の過ぎ去ったあとのようにしずかでした。   


コロナで時間の流れが変わりました。

では、私たちはどうしたらいいのでしようか。 先ほどのインタビューのように「だれも年を取るなんて思ってもみなかった」では、自分の時間に無知すぎました。今回のコロナで、私たちの時間は一変しました。コロナで死と向き合わざるをえなくなりました。


コロナの新時代です。
忘れてはいけないのは、コロナであってもコロナでなくても、私たちの一日は24時間と決まっています。すべての人間に平等に24時間が与えられています。



おうち時間
社会の時間割りがくずれて、仕事はテレワークなり、子どもたちもオンライン授業になり、おうちの中に社会の時間が入り込んできました。 大人も子どもも24時間をどのように使うか・・・時間の管理を自己責任でしなければならなくなりました。


ウイズコロナの時間を上手につかうための2つのポイント

人と距離をおかなければならないウイズコロナの時代、誰と時間を共有すればしあわせになれるのか。わたしが言いづけてきた「時間の共有」を表したのが時間簿です。
時間の共有とはについて説明します。


時間の共有は「家族の時間」と「社会集団の時間」があります。

家族の時間の共有は、おなじ家で家族がご飯を食べて、共に生活をします。

社会集団の時間の共有は、幼稚園や学校や会社など、全員で時間割に従います。



時間の共有についてもう一つ大切なこと。

時間の共有はただ同じ場所にいることではありません。
私たちは誰かと時間を共有することによって、一緒に笑ったり、楽しんだり、励まし合ったり「感情を共有」しています。しかし、コロナでそれも自由にできなくなりました。


2つのポイント

コロナで世の中の人々の時間がかわりました。

時間を持て余す人
時間を大切に使う人
おうち時間の過ごし方がわからない人


古い時間の思い込みを卒業してまず、自分のやりたことに時間をつかうことを考えてください。ひとり暮らしでも、結婚して子どもがいても、自分が時間の主になってください。大切な自分の時間を人生の目的のためにつかってください。

●時間の共有=「だれ」とどのような方法で「何」をするか?

●1日24時間をどのように使うか?



              

ほのぼの時間簿見本

 
ほのぼの時間簿



コンビニの前で15分孫に会わせてやる。抱っこはダメだよ

わたしは家の近くの公園のベンチに座って、日向ぼっこをするのが習慣になりました。
さみしい世の中になったな・・・としみじみ思ったのは、わたしは子どもが好きなので、泣いている子どもに近寄っていって頭をなでようとしたところ、母親が「すみません。子どもに触らないでください」と言われました。
また、ある女性が「孫に会いたいと息子にいったら、コンビニの前で15分会わせてやるけど抱っこはダメだといわれた」とのこと。
コロナになってから、わたしの自治会の行事もすべて中止になりました。公共施設も立ち入り禁止のために下駄箱が閉じられています。どこへ行ってもベンチに×印がついています。スーパーのコミュニティスペースのベンチも撤去されました。

私たちは一日のほとんどは、仕事であれ、地域であれ、友だちであれ、誰かと時間の共有をしています。その考え方は大きく変わりました。コロナによって、テレワーク、仕事を失った人、学校のオンライン授業・・・。


もちろん時間簿はコロナのずっと前からあります。

時間簿はおうち時間の悩みからスタートしました。 ですので、わたしが時間に感心をもつきっかけと、時間簿を考案するまでのことをお話しします。

わたしは育児をしながら、自宅でギター教室を開いていました。息子は昼寝をしないでイタズラばかりして家中を散らかし、わたしはコーヒー一杯も飲めません。ちょっと目を離そうものならギターの穴になんでも詰めて、とうとう、ギターを壊されてしまいました。公園では、越してきたばかりの新米ママたちが子どもを遊ばせていました。公園デビューということばが流行ったころです。

ママたちは「朝から晩まで子どもにふりまわされてイライラ。自分の時間がない」と悲痛の声をあげていました。

公園に出てこない、戸建てのママたちはどうやって育児をしているのか知りたくて、チャイムを押して聞くことにしました。
インターホンから、聞こえてきたのは、子どもの鳴き声と「静かにしなさい」と子どもを叱る声。玄関のドアが開くと、泣いている子どもを抱いた母親が現れました。

「ノイローゼになりそう。1分も自分の時間がありません」母親のことばがわたしのこころを動かしました。 わたしは何件もピンポンを押して聞いて回りました。

わたしの訪問を待っていてくれたかのように、助けて、ご飯を食べている時間もありませんと涙を流す女性もいました。 育児のむつかしい街、友だちのできない街、孤独の育児を打ち明けてくれました。 わたしはこれまで聞き取りしてきた時間の悩みを分析しました。

時間簿をつかって、約20数年間に渡って、全国の生活時間の調査をしてきました。そして、「時間の使い方」の講演に全国の自治体や企業を伺いました。時間の悩みといっても、子どもの年代別、(夫婦の悩み、子どもの悩み(登校拒否、ひきこもり)、家事と仕事の両立の悩み、更年期障害、体調の悩み)などそれぞれ違います。そこの家、そこの家の悩みと幸せがあります。


主婦たちの時間の悩み

やることがたくさんあって時間がたりない
夫婦の時間がない
時間があっても何をしていいかわからない
時間はムダにしたくないけど、生きる意味を感じない
なまけているわけではないのに、思うように時間がつかえない
毎日同じことのくり返しで、一日が空しく過ぎていくい

時間を何に使いたいか
息抜きの時間がほしい ・おしゃれがしたい
自分の好きなことをしたい
お友だちに会っておしゃべりがしたい
たまにはパパとデートがしたい

今もむかしも変わらない主婦の時間の悩みです。

わたしが心配するのは、コロナのことも何もわからない子どもたちが、マスクと除菌で神経質にさせられていることです。子どもたちもストレスを抱えています。それが母親たちの時間の消費となっていることも事実です。もちろん、父親たちもです。            





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自己紹介

あらかわ菜美  生活時間研究家&時間デザイナー 99年に「時間簿」(商標特許)を考案し、新聞、テレビ、雑誌で取り上げられ、全国的に話題。グーグルのキーワードに時間簿が誕生。著書45冊。 元はクラシックギターを教えていました。子どもに邪魔されて、どうたら時間を作れるようになるか思考錯誤・・・独自のアディアで時間のつくり方を構築

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